サンパウ口の熱い夜            

 あれは8月22日の夜のことだった。それは、REPBLlCAにあるCAFE・CULTURALというライプ・バーで、ユカ(仮称)さんのショーを観たあとから始まった。(ユカ嬢は在伯4年で、音楽大学に在籍しながらボサノバ 修行をしている。) 7時からの3ステージを観終えたあと、それに触発されたのか、オレは無性にギターが弾きたくなったのである。当時オレは、バーにいく時には必ずギターを携えていて、飛び入り(CANJA)で弾けるチヤンスを伺っていた。「今日は彼女のショーだったからなぁ」強引にわりこむのをためらっていたのだ。そうこうしているうち、すでに足はVlLLA・MADALENA行のバスに向かっていた。VlLLA・MADALENAはライブ・バーが密集している所で、ここ連日徘徊している場所だった。 USPという大学の近くにあり、そこのアート系の学生で金・土の夜はとてもにぎわう。案の定、その日はどこもいっぱいだった。店によって中心になっている音楽のジャンルが違うのだが、これだけ通いつめると店の特徴も大体つかめてくる。CAFE・BRASILという店に入る。いつものことながら、ステージから一番近い席に陣取る。 まわりではあちこちでカップルがいちゃついている。

ギターとキーボードの二人組で、20歳くらいの若いブルース・バンドがその日の出番だった。しかし時間になってもー向に始まらない。ギターの弦の調子が悪いようだ。そのうちにオレを見つけて、 「ギター貸してくれないか」 「いいよ、じゃ、あとで弾かせてくれないか」  「あとで―緒にやろう」

夜中も12時過ぎる頃から客もいっぱいになり、ステージも最高潮に達する。彼等はジャニス・ジョプリンなどのアメリカのブルース系を演奏し、ステージングも見事だった。演奏もすばらしく、声も若さにあふれていて客を引きつけていた。

「あと3曲後にやろう」 ボーカルのヤツがオレに、合図する。期待と緊張感で胸が―杯になる。そして出番。彼等が [LET IT BE] をやったお返しというわけではないが、まず最初に [YESTERDAY] を弾く。しんと静まりかえる。

そしてジョビンの [OUTRA VEZ] [ONE NOTE SAMBA] [CORCOVADO] を弾いている途中に、ボーカルのヤツが気をきかせてマイク・パフォーマンスを入れる。 「ニホンからきたヤマダさんです。ブラジル人はもっとジョアン・ジルべルトなどのブラジル音楽を聴かなきゃいけない」 ここで異常に盛り上がる。こっちはどんどん調子こいて弾きまくる。あっという間に2時近くになっていた。席に戻ると、隣のブラジル人が話しかけてきた。男女あわせて6人くらいで来ていて、ビール(CERVEJA)を飲みまくっている。「オレは口ンドンに仕事で10年いた」。歳は37だという。「若くていい声だろう、日本へ連れて帰りたいだろう」 そこへ花束をもった薄汚い少女が入ってくる。あっちこっちの席へいっては、なんとか買ってもらおうとしているが、ほとんどの人はそっぽを向く。彼がいう、「ブラジルにはこういう人達が何万人もいるんだ」彼のとなりはキューバ人だという。 独特の物腰。 1OOキ口はある巨体。「リべルダージって日本人が多いんでしょう」言葉をかわす。店がはねてからキーボードのまわりに集まってみんなでセッション。

「VILLA・MADALENAはチャンス・ミーティングの場なんだ、今日のアナタとのように」澄んだ目が輝いていた。すがすがしい若者の姿を久しぶりに見た気がした。飲み代を払おうとしたら、おごるという。「お互いまた会おう、ここVILLA・MADALENAで!」

季節がら少し肌寒かったが、朝―番のバスを待ちながら今晩の余韻にひたる。

それにしても、長く、そして熱い夜だった。(1998.記)

Grou-Coroado(Origem Africa)

                                       

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